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東京地方裁判所 平成6年(合わ)161号 判決 1998年5月26日

主文

被告人を死刑に処する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、A及びBと共謀の上、Aが同和火災海上保険株式会社との間にその所有する普通乗用自動車(登録番号足立三三に五三三五号)を被保険自動車として車両保険金額を三六五万円とする自家用自動車総合保険契約を締結していたことから、同車が氏名不詳の第三者によって損壊され、車内の附属品が盗まれたとのうその事実を申告して右自家用自動車総合保険契約に基づく車両保険金名下に金員をだまし取ろうと企て、平成五年一月下旬ころ、東京都足立区扇<番地略>先路上等において、右車両のシートをカッターナイフで切り裂き、バールで車体に穴を開けるなどして右車両を損壊し、さらに、車内からテレビ及びカーコンポを取り出して、何者かが駐車中の右車両を損壊し、テレビ等の附属品を盗み出したかのような事故を作り出し、警視庁西新井警察署長に対し、何者かに右車両が損壊され、テレビ等が盗まれた旨の被害届を提出した上、同年二月一二日ころ、東京都台東区東上野<番地略>所在の同和火災海上保険株式会社首都圏本部損害部上野損害サービスセンターにおいて、同社社員Cを介して同損害部長Dに対し、真実は、右車両の損壊等は、被告人、A及びBの三名が故意にしたものであるため、前記自家用自動車総合保険契約に基づく車両保険金の交付を受けられる場合でないのに、あたかも右三名以外の何者かによって右車両が損壊され、テレビ等が盗まれたものであるかのように装って、自動車保険金請求書及びその添付書類を提出して自動車保険金の支払を請求し、Dをして、同社の契約車両である右車両が右三名以外の氏名不詳者に損壊され、附属品が盗難にあったもので、右保険金請求は正当なものであると誤信させて、前記保険契約に基づく車両保険金及び臨時費用として合計三七五万円の支払方を決定させ、同社から、同年三月五日、瀧野川信用金庫西新井支店のA名義の普通預金口座に三七五万円を振り込み入金させて、これをだまし取った(平成六年七月六日付け追起訴状記載の公訴事実)。

第二  被告人は、Eらと共謀の上、金員を強取しようと企て、平成五年一〇月八日午後一〇時一〇分ころ、静岡県沼津市大手町<番地略>所在のグランド東京ビル二階のパチンコ店「コスモ」事務所内において、同店次長F(当時五〇歳)の腹部に所携の折り畳み式ナイフを突き付け、「騒ぐな。」などと言い、さらに、同店従業員G(当時五〇歳)の腹部に所携のサバイバルナイフを突き付けながら、所携の布製粘着テープをその口に貼り付け、その両手首や両足首に巻き付けるなどして、F及びGに暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧し、同店支配人Hが管理する現金約一〇七八万円を強取した(平成六年八月一六日付け起訴状記載の公訴事実)。

第三  被告人は、平成五年一〇月一九日午後七時四〇分ころ、静岡県小笠郡菊川町牛渕の東名高速道路上り線一九八・二キロポスト付近走行車線上において、同所に停車した神奈川日産ディーゼル株式会社所有の普通貨物自動車のフロントガラス及び運転席側ドア窓ガラスを所携のバットでたたき割るなどし(損害額合計三三万九八八〇円相当)、もって、他人の物を損壊した(平成六年九月一三日付け起訴状記載の公訴事実第一)。

第四  被告人は、右第三事実の直後ころ、右東名高速道路上り線一九八・二キロポスト付近走行車線上において、右普通貨物自動車の運転席に乗車していたI(当時二四歳)に対し、前記バットでその右足を一回殴打する暴行を加え、よって、Iに加療約五〇日間を要する右下腿骨陥没骨折の傷害を負わせた(平成六年九月一三日付け起訴状記載の公訴事実第二)。

第五  被告人は、滋賀県八日市市東沖野<番地略>所在の、金融業を営むJことJ(一九四〇年四月二八日生)方に押し入り、Jが抵抗した場合にはJを殺害してでも金品を強取しようと企て、K並びにL及びMとそれぞれ称する外国人らと共謀の上、平成五年一〇月二七日午後一〇時四〇分ころ、預かり物を届けに来たかのように装ってJに玄関ドアを開錠させてJ方に押し入り、Jに対し、所携のけん銃(平成六年押第一五四三号の2)を突き付けてJ方一階居間に連れ込み、同所において、Jを仰向けに押し倒して押さえ付けた上、その胸部、左大腿部を所携の包丁などで突き刺し、よって、そのころ、同所において、Jを左大腿動・静脈切断による失血により死亡させて殺害した上、J方から、Jが所有し、又は管理する現金約一二四〇万円、腕時計三個及び帯留一個(時価合計約一五五〇万円相当)在中の耐火金庫一基並びに現金約一六〇万円及びベルトバックル一個を強取した(平成六年四月六日付け起訴状記載の公訴事実)。

第六  被告人は、東京都足立区栗原<番地略>所在の金融業を営む有限会社光幸商事の事務所に押し入り、同社取締役N(昭和一二年四月二〇日生)を殺害して金員を強取しようと企て、K、Lらと共謀の上、平成五年一二月一〇日午後四時五〇分ころ、客を装ってNに玄関ドアを開けさせてNの看守する同事務所に侵入し、同所において、Nに対し、所携の、刃体の長さ約二一センチメートルの文化包丁(同押号の1)でその右大腿部及び右胸部を数回突き刺したが、Nに騒がれたことなどからその場から逃走し、Nに対し、約二か月間の入院加療を要する肝刺創及び右大腿刺創の傷害を負わせたにとどまり、金員を強取し、かつ、殺害するという目的を遂げなかった(平成六年六月一五日付け追起訴状記載の公訴事実)。

第七  被告人は、群馬県高崎市上豊岡町字関口<番地略>所在のゲーム喫茶「でるじゃん」の店長O(昭和二八年一月二日生)を殺害して金品を強取しようと企て、Kと共謀の上、平成五年一二月一二日午前零時四〇分ころ、右「でるじゃん」店内において、Oに対し、所携のけん銃(同押号の2)でその背部に向けて弾丸一発を発射して命中させ、Oに第九、一〇胸椎損傷等の傷害を負わせ、その場に撃ち倒して反抗を抑圧し、そのころ同所ほか一か所において、Oが管理する現金約九万四〇〇〇円及び財布一個ほか約一一点を強取し、平成六年一月三日午前一一時五八分、前橋市昭和町<番地略>所在の群馬大学医学部附属病院において、Oを右傷害に基づく脊髄損傷による急性呼吸困難により死亡するに至らせて殺害した(平成六年七月一一日付け起訴状記載の公訴事実)。

第八  被告人は、Kと共謀の上、法定の除外事由がないのに、平成五年一二月一二日午前零時四〇分ころ、前記ゲーム喫茶「でるじゃん」店内において、前記けん銃(回転弾倉式)一丁を所持し、同けん銃をこれに適合する実包三発と共に携帯した(平成六年七月二五日付け追起訴状記載の公訴事実第一)。

第九  被告人は、東京都足立区入谷<番地略>所在のPハイツ三〇二号室の不動産賃貸業を営むP(昭和九年一一月五日生)方に押し入り、Pを殺害して金品を強取しようと企て、K、Bらと共謀の上、平成五年一二月二〇日午前一一時三〇分ころ、かぎの掛かっていなかったP方玄関から忍び込んで室内に侵入し、同所において、Pに対し、所携のハンマー(同押号の5)でその頭部を数回殴り付け、さらに、所携の、刃体の長さ約一二センチメートルの出刃包丁(同押号の4)でその胸部等を数回突き刺すなどし、よって、そのころ、その場で、Pを肺・肝刺創による出血性ショックにより死亡させて殺害した上、Pが所有する現金約五万円在中の財布一個(時価約三〇〇〇円相当)、腕時計一個(時価約一〇〇万円相当)及び現金約一一五万円在中の据置金庫一基(時価約二万円相当)を強取した(平成六年五月三一日付け起訴状記載の公訴事実)。

第一〇  被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年六月一一日午後五時一〇分ころ、東京都足立区扇<番地略>所在の大塚駐車場において、火薬類であるけん銃用実包九発(同押号の3。ただし、うち三発は鑑定試射済みのもの。)を所持した(平成六年七月二五日付け追起訴状記載の公訴事実第二)。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

第一  判示第五の事実(以下「滋賀事件」という。)について

一  弁護人は、滋賀事件について、1 被告人は、Kらとの間で、Jが抵抗した場合にはJを殺害してでも金品を強取する旨共謀したことはない、2 Kは、殺意をもってJの左大腿部を包丁で突き刺したのではない、と主張する。

しかしながら、当裁判所は、弁護人の主張を採用せず、判示のとおり、被告人がKらと共謀の上強盗殺人を敢行した事実を認定したので、以下、補足して説明する。

二  本件反抗に至る経緯ないし共犯者間の話合いの状況、本件犯行の具体的状況等

関係証拠によれば、右の点に関して、次の事実が認められる。

1 被告人は、平成五年一〇月中旬ころ、判示第二の強盗事件の共犯者であるEから、滋賀県八日市市で金融業を営むJから金品を強奪する計画を持ち掛けられた。その後、被告人は、Eとの間で、それを実行する日時、方法、分け前等について相談し、Eが見張り役を、被告人及び外国人が実行役を担当することとし、Jが夜間一人で居る時をねらって何か理由を付けて玄関ドアを開けさせ、J方に押し入ってJにけん銃や包丁を突き付け、金庫を開けさせて現金や宝石を奪うなどの段取りを決めた。

被告人は、知人の暴力団関係者であるQに対し、強盗を行う仲間としてK及び外国人二人を手配してくれるよう依頼した。Kは、Qからの誘いに応じて犯行に加わることにし、Lと称する外国人と、更にLを介してMと称する外国人を仲間に誘った。

2 被告人は、本件犯行の前々日である同月二五日に埼玉県川口市内のサウナで、K及びMに対し、強盗に入る相手が滋賀の金融業者であること、金庫の中には三、四千万円の現金があるので、けん銃と包丁で相手を脅してその金庫を開けさせ現金等を奪うことなど具体的な計画内容を説明した。

その際、日本語の話せないMが、Kに対し、北京語で「相手の男を殺していいか聞いてくれ。」と頼んだ。そこで、KがMの通訳として日本語でその旨被告人に聞くと、被告人は、「相手が大きい声を出したり暴れたりしたら殺すのもしょうがない。」と答えた。このため、Kとしても、被告人の考えどおり実行するしかないと考えた。

3 翌二六日、被告人、K及びMは、E及びLと合流し、Eが運転する自動車に同乗して犯行の前線基地にと考えていた名古屋市内のR方に向かった。その途中、車内で、被告人がEに対し「一郎(Kの通称)は相手を殺すと言っているよ。」と告げ、Kもこれに合わせて「兄さん、殺していいね。」と言った。これに対し、Eが「殺したらあかん。」などと答えたが、それでも、被告人は、「相手が大きい声を出したり暴れたりしたらどうするんだ。」と言ったため、両者の話合いは決着がつかなかった。

4 同日夜、被告人は、R方からEと本件犯行現場となったJ方の下見に出掛け、再びR方に戻った後、Kらに対し、J方の様子等を説明するとともに、犯行の段取りにつき、「おれがチャカ(けん銃の意)を持つから他の者は包丁を突き付けてびびらせろ。相手が大声を出したり暴れたりしたら殺すしかない。」と言った。

5 本件犯行の当日である同月二七日午後六時ころ、被告人、K、E、L及びMは、一台の車に同乗してR方を出発し、滋賀県八日市市のJ方に向かったが、その際、R方にあった柄の部分を含めると全体の長さが約三〇センチメートルある鋭利な包丁一丁及び果物ナイフ一丁を持ち出した。さらに、途中、Eが手配を頼んでいたけん銃一丁などを知り合いから受け取った。

6 そして、犯行直前、J方近くの路上に停車した。Kら五名が同乗していた車内において、Kが、最終的に確認をするために、被告人に対し、「相手を殺してもいいのか。」と尋ねた。これに対し、被告人は、「相手がおとなしく金を出したら殺さない。もし大きい声を出したり暴れたりしたら殺すしかない。」と答えた。そして、被告人は、Eにも同様のことを言うと、それまでJを殺害することに強い難色を示していたEも「しょうがない。」と言うに至った。他の者もこれを黙って聞いていた。

7 被告人らは、まず、被告人が、Jの内妻からの預かり物を届けに来たように装って玄関内に入り、Jにけん銃を突き付け、続いて、K、L及びMが玄関内に入るなどしてJ方に押し入り、Jを玄関横の八畳居間に連れ込んで仰向けに押し倒し、LがJの頭を、MがJの両手を押さえ、KがJの右側から両足を押さえ付けた。そして、被告人がJに対し「金庫を開けろ。開けないと殺すぞ。金を出せ。」などと迫って、金庫を開けさせようとしたが、Jは、大声を出して暴れるばかりでこれに応じようとしなかった。そこで、被告人がLにJを刺すように指示し、Lが用意していた果物ナイフでJの左脇腹付近を一回刺した。その後も、被告人は、Jに対し「金庫を開けろ。」などと言っていた。しかし、Jは、なおも暴れるばかりで金庫を開けようとしなかった。このため、被告人は、怒り出し、前記の包丁を持っていたKに向かって「一郎、お前刺せ。」と指示した。

Kは、Jの正面に向いて、その足元の方から両足の上に乗り、左腕でJの両膝付近を押さえていたが、被告人の指示に従い、右手で包丁を逆手に握って、Jの左大腿部内側を一回突き刺した。

8 Kに刺されて生じたJの刺創の創口は、左膝蓋骨上端より約一九センチメートル上で約四・五センチメートル内側を左端とし、右やや下に向かって走る長さ約四・三センチメートル、幅約一・一センチメートルのもので、創角は両端とも鋭利、創縁は整、創面は滑らかである。右刺創は、大腿四頭筋を切損しつつ、大腿動脈及び静脈を完全に切断して、深さ約一〇センチメートルにも達するものである。

Jはこの刺創により、多量に出血し、間もなく失血死した。

9 被告人らは、Jが左大腿部から多量の血を流して動く気配すらなく横たわっているのを見ながら、これを救護しなかったのはもちろんのこととして、Jの状態を全く気に懸けることもなく、Jが横たわるその部屋から金庫を外に運び出した。

三  被告人とKらとの間の共謀の内容

1 前記二の2ないし6に認定した事実関係、すなわち、被告人、E、Kらの間で本件強盗について話合いがされた状況及びその内容、被告人らが用意した凶器等に照らすと、被告人らがJ方に押し入る直前にJ方付近に停めた車内でJの帰宅を待っていた時点においては、被告人及びKらの間には、Jから金品を強取するに当たり、Jが大声を出したり暴れたりして抵抗した場合にはJを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取する旨の事前共謀が成立していたことを優に認めることができる。

さらに、前記二の7に認定したように、Jは、Kらに押さえ付けられ、被告人に金庫を開けないと殺すぞなどと脅されたにもかかわらず、大声を出して暴れるばかりで金庫を開けることや金を出すことに応じないし、被告人に指示されたLから果物ナイフで左脇腹付近を一回刺されても、なおも暴れるだけで金庫を開けようとしなかったことから、被告人が、Kに対し、「一郎、お前刺せ。」と指示し、Kがこの指示に応じたものであることに照らすと、被告人がKに対し右の指示をした時点においては、前記のような事前共謀をした際に被告人らが想定していた、Jを殺害してもやむを得ない状況が生じていたことを認めることができる。

そして、右のような状況のほか、前記二の7ないし9に認定した事実関係、すなわち、被告人の指示を受けたKが包丁を突き刺した態様、それによって生じた創傷の部位、程度や、Kに刺されてJが多量の出血をし動く気配すらなく横たわっているのに、被告人らがそれを気に懸けることなく金品を奪う行為に及んでいることに照らすと、被告人は、Jが抵抗する状況からこの上はJを殺害するのもやむを得ないと考え、Kに対し、Jを殺せという趣旨でJを刺すよう指示したものと認めるのが相当である。

そうであるならば、被告人は、Kらとの間で、Jから金品を強取するに当たり、Jが大声を出したり暴れたりして抵抗した場合にはJを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取する旨の事前共謀を遂げた後、本件犯行現場において、右の事前共謀の際に想定していた、Jを殺害してもやむを得ない状況が生じたことから、Kに対し、Jを殺害する趣旨でJを刺すよう指示し、Kが右の指示に応じたことにより、更に具体的にJを殺害するという現場共謀を遂げたものであることは明らかである(なお、Kが、右の事前共謀及び現場共謀に基づき、確定的殺意をもってJに対し包丁を突き刺したことは後に詳しく説明する。)。

2 被告人は、公判段階において、(一)被告人は、本件犯行前にJ方前でJの帰宅を待っている際、Kに対し、もしJが大きい声を出したり暴れたりしたら殺すしかないとは言っていない、むしろ、被告人が指示するまでJを殺してはいけないと言い聞かせていた、(二)被告人は、本件犯行の際、Kに対し、Jを刺せと指示したが、それは、Jを殺せという趣旨ではなく、金庫を開けさせるためにJを刺して痛め付けろという趣旨で言ったものであり、Kもそのことを理解していると思っていた旨供述している。

まず、(一)の弁解について検討する。

被告人は、捜査段階において、本件犯行前にJ方前でJの帰宅を待っている際、Kに対し、「もし相手がでっかい声を出して暴れるようなら殺すしかない。そのときは包丁で刺してしまえ。」と言った旨供述している。

右の供述は、前記のような事前共謀が成立した過程について具体的かつ詳細に説明した上されたものであり、その内容も自然である。しかも、Kの捜査及び公判の各段階における供述ともよく符合している。また、被告人は、捜査段階において、右の供述をしながら、他方、川口市内のサウナで、相手の男を殺していいかと聞いてきたKらに対し「そりゃまずいよ、金を奪うだけでいいよ。」と言っておいた旨の供述や、(二)の弁解と同趣旨の供述をそれぞれするなど、自己の責任を軽減するための有利な供述をも同時にしている。

加えて、被告人は、公判段階でも最終的には(一)の弁解を撤回し、被告人が、Kに対し、もしJが大きい声を出したり暴れたりしたら殺すしかないと言ったことを認める供述をするに至っている(第七九回)。

このような事情等を併せ考えると、被告人の捜査段階における、Kに対し、「もし相手がでっかい声を出して暴れるようなら殺すしかない。そのときは包丁で刺してしまえ。」と言った旨の供述は信用性が高いというべきである。

なお、Kも、公判段階において、J方に入る前に、被告人から、被告人が刺せというまで刺してはいけないと言われた旨供述している。しかし、右に供述するような事実は、Kが、被告人に対し、再三にわたりJを殺してもいいかどうか確認していることに照らすと、本件強盗の共謀内容に関する極めて重要な事柄である。それにもかかわらず、Kの捜査段階における供述調書にはその点について触れられた箇所はない。また、被告人自身も、捜査段階において、前記のとおり自己に有利な供述をしながらも、Kの前記公判供述に符合するような供述をしていない。そうであるならば、Kの前記公判供述は信用することができない。

以上のとおりであるから、被告人の前記(一)の弁解は信用することができない(なお、仮に、被告人とKらとの間で、被告人が指示するまでJを殺してはいけない旨の話がされていたとしても、被告人がKに対しJを殺害するよう指示し、Kがこれに基づきJを殺害する実行行為に及んだものであるから、右の話の有無が被告人の罪責を左右するものではない。)。

次に、(二)の弁解について検討する。

そもそも、(二)の弁解は、被告人がKらとの間で、Jから金品を強取するに当たり、Jが大声を出したり暴れたりして抵抗した場合にはJを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取する旨の事前共謀が成立していたことや、被告人がKに対しJを刺すよう指示した際の状況が、被告人らにおいて事前共謀をした際に想定していた、Jを殺害してもやむを得ない状況に正に当たるものであることと符合しない。

また、(二)の弁解は、被告人の指示を受けたKが包丁を突き刺したその態様、Jの創傷の部位、程度や、Kに包丁で刺された後におけるJの生命の危険に対する被告人らの関心の度合いに照らしてみても、極めて不自然である。

そうであるならば、(二)の弁解も信用することができない。

なお、被告人は、捜査段階においても、「Jを刺し殺すつもりで刺せと命じたものではない。痛い目を体に味わわせてかぎの在りかを吐かせるつもりであった。しかし、包丁で刺せば相手が死ぬかも分からないし、包丁で刺して縛り上げたままで金を奪って逃げるつもりであったから、刺し所が悪かったり、出血のために死ぬなら死ぬで仕方がないという気持ちはあった。それにKは、人を殺すことしか考えていない男であり、刺せと言ったことで殺せと言う意味だと理解したかも知れない。」と供述し、公判段階における弁解に比較して不利な部分はあるが、ほぼ同旨の弁解をしている。しかし、この弁解も、同様に信用することができない。

四  Kの殺意

1 既に認定、判断したところであるが、(一)被告人とKらとの間には、Jから金品を強取するに当たり、Jが大声を出したり暴れたりして抵抗した場合には、Jを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取する旨の事前共謀が成立していたこと、(二)被告人がKに対しJを刺すよう指示した際の状況が、被告人らにおいて事前共謀をした際に想定していた、Jを殺害してもやむを得ない状況に正に当たるものであること、(三)被告人は、Jの抵抗する状況から、この上はJを殺害するのもやむを得ないと考え、Kに対し、Jを殺せという趣旨でJを刺すよう指示したこと、(四)Kは、Mと共に、本件強盗計画の当初の段階から、強取するに際し、相手を殺してもいいかについて強い関心を持っていたことが認められる。

加えて、関係証拠によれば、Kは、右手で前記の鋭利な包丁を逆手に握って、Jの左大腿部を一回突き刺し、傷口が長さ約四・三センチメートル、幅約一・一センチメートルのもので大腿四頭筋を切損し、大腿動脈及び静脈を完全に切断する、深さ約一〇センチメートルにも達するという致命傷を負わせたものであって、その行為の際、Kが加えた力は極めて大きかったことが認められる。

このような事情等を併せ考えると、Kは、Jが抵抗している状況等から、前記の事前共謀、更に本件犯行現場における被告人の指示による被告人との現場共謀に基づき、Jを殺害するほかないと考え、確定的殺意をもって、Jの左大腿部を包丁で力一杯突き刺したものであると認めるのが相当である。

2 Kが、捜査段階において、検察官に対し、確定的殺意をもってJを包丁で差したことを認める旨の信用性の高い供述をしていることも、右の認定を裏付けている。すなわち、Kは、捜査段階において、検察官に対し、「被告人が私に言った「刺せ」という意味は、Jを殺してしまえという意味だと思った。なぜかと言うと、Lが一回刺してもJは金を出そうとしなかったからである。それで、被告人は、それ以上いくら言ってもだめだとあきらめ、私に「Jを殺してしまえ。」と命令したのだと思った。私は、Jが金を出さないなら、Jを縛り上げて金庫だけ持って逃げたらよいと思っていた。しかし、被告人から「殺せ」と命令されたのでこうなったら殺すしかないと思い、腹をくくった。そこで、Jがまだ暴れていたが、Jの足の上に乗り、左腕でJの両膝付近を押さえながら、Jの左足の太股の内側を一回突き刺した。」と供述している。

右の供述中殺意を認めた部分は、前記1の事実関係を詳細かつ具体的に説明した上されたものであり、その事実関係から自然な流れに沿うものとして理解することができる。しかも、「被告人から「殺せ」と命令されたのでこうなったら殺すしかないと思い、腹をくくった。」など、それ自体はただちに信用することができないものの、少しでも自己に有利になるような弁解と共にされている。このような事情等に照らせば、右の供述中殺意を認めた部分は、十分に信用することができるというべきである。

3 弁護人は、(一)Kは、Jを痛め付けて金庫を開けさせる目的で、しかも、大腿部を刺したにすぎないから、Jを殺害する意思がなかった。(二)Kは、捜査段階当時は、簡単な日本語ができる程度であり、検察官の取調べの際の通訳の仕方も万全ではなかったから前記のような殺意を認めるKの検察官調書は信用することができない旨主張する。

そして、Kも、公判段階において、Jに対する殺意を否認し、「被告人から「刺せ。」と言われたが、殺せという意味だとは思わなかった。あくまでもJに金庫を開けさせるために痛め付けろという意味に理解したので、そのつもりで、自分から一番近くて刺しやすい左の大腿部に、右手で逆手に持った包丁を押し付けるようにして刺した。二センチメートルくらい刺さったが、Jが暴れたので、もっと深く包丁が入ったものと思う。なお、刺せという被告人の指示を、殺してしまえという意味に受け取った旨の捜査段階での私の供述があるかもしれないが、それは、当時、日本語をうまく話すことができなかったことによる誤解だと思う。」旨供述している。

しかしながら、右のようなKのJを刺す目的、態様についての供述やJに対する殺意を否認する旨の供述は、前記1の事実関係に照らし、不自然不合理であり、到底信用することはできない。

また、捜査段階の供述に対する弁解についてもこれを信用することはできない。すなわち、前記二に認定したとおり、Kは、日本語の話せないMから、北京語で「相手の男を殺していいか聞いてくれ。」と頼まれて、日本語でその旨被告人に聞いたり、あるいは、Jを殺していいかどうかについて日本語で被告人に何度も確認するなど、Kは、本件犯行当時、被告人らと日本語で何不自由なく会話を交わすほど、日本語がたん能であったことが認められる。そうであるならば、Kが、捜査段階において、「痛め付ける」及び「殺す」という日本語を理解することができなかったとは考えられない。

さらに、大津地方検察庁において本件につきKを取り調べた検察官である高谷寛の公判供述によれば、Kが検察官の質問に対し的確にこれにかみ合った答えを返してくる状況などから日本語の会話能力が相当に高い様子であったので、検察官とKとの問答は、主として日本語で行い、Kが質問の意味を十分理解することができなかったり、答えをKが日本語でうまく表現することができなかったときに北京語で通訳させる方法がとられたこと、供述調書作成後は通訳人に供述調書が渡され、通訳人がKの前で供述調書全文を通訳して読み聞かせたこと、Kは、右供述調書の読み聞かせをよく聞いており、その内容について異議を述べたり訂正を求めたりしたことは一度もなく、誤りがないことを確認した上で署名指印したことが認められる。これらの事実からすれば、大津地方検察庁における検察官のKに対する取調べ方法に特に問題にするべきことはなかったものというべきである。

4 なお、弁護人は、KがJの左大腿部を刺したという事実に照らし、Kに殺意がなかったことが認められる旨主張する。

しかしながら、関係証拠によれば、大腿部の内側の筋肉の下には大腿動脈及び静脈が走っていることが認められ、現に、Kが包丁を刺したことにより、Jの左大腿動脈及び静脈が完全に切断され、その結果Jは失血により即死に近い状態で死亡したものであるほか、既に認定したようなKが刺した際の態様や刺創の形状をも併せ考えると、刺した部位が左大腿部であったことをもって、Kの殺意を否定する事情とすることはできない。

第二  判示第六の事実(以下「光幸商事事件」という。)について

一  弁護人は、光幸商事事件について、被告人は、Lらとの間で、Nから金員を強取する共謀はともかく、Nを殺害して金員を強取するという強盗殺人の共謀まではしていない、と主張する。

しかしながら、当裁判所は、弁護人の主張を採用せず、判示のとおり、被告人がLらと共謀の上強盗殺人未遂を敢行した事実を認定したので、以下、補足して説明する。

二  本件犯行に至る経緯、本件犯行の態様等

関係証拠によれば、右の点に関し、次の事実が認められる。

1 KとLは、平成五年一二月一〇日の午前中、被告人から、東京都足立区内の瀧野川信用金庫扇支店の現金輸送車を襲撃し、Kが警備員をけん銃で撃ち殺し、Lが現金輸送車の中から現金を奪うという趣旨の指示を受けた。Kは、被告人の指示どおり実行すれば人を殺害することになると考えながらも、その計画に加わることにし、被告人からけん銃を受け取ってその現場に赴いた。しかし、襲撃しようとした際に、現金輸送車の近くに通行人等がいたことなどから、Kらは、右計画を実行することなく、後方で待機していた被告人の所に引き返し、被告人も計画を実行するのをあきらめた。

2 ところが、同日昼過ぎころ、KとLは、現金輸送車を襲撃するのをあきらめた代わりに別の強盗をしようと考えていた被告人から、暴力団組員が経営し、夕方になれば店番に六〇歳くらいの男性一人しかいなくなる金融業の有限会社光幸商事の事務所を襲撃して現金を強取する旨の計画を告げられ、一緒に車で同事務所付近を念入りに下見した。その間、被告人は、Kらに対し、事務所に入って左側にある金庫の中には現金が一〇〇〇万円くらいあり、金庫はかぎがあればすぐに開く、かぎは机の引き出しの中か机の上、あるいはじじい(前記の六〇歳くらいの男性)が持っているなどと教え、さらに、犯行の具体的な役割に関して、「Kは日本語がうまいから、じじいに玄関を開けさせろ。Lはドアを引っ張って開け、中に入ってじじいを包丁で刺せ。KもLに続いて入り、金庫のかぎを捜し、金庫を開けて金を取って二人で逃げてこい。」などと指示した。K及びLは、被告人の話に黙ってうなずいて右計画に加わることに同意した。

その後、被告人、K及びLは、銭湯に行くなどして時間をつぶし、同日夕方、光幸商事の事務所の様子などを見て、事務所内は前記六〇歳くらいの男性一人だけになっていると思われたことから、右計画を実行することとした。右事務所近くに停めた自動車内において、被告人は、K及びLに対し、前記の指示を繰り返した上、Lに本件犯行に用いる刃体の長さ約二一センチメートルの鋭利な文化包丁と軍手を、Kには借金の申込みに来た客を装って玄関ドアを開けさせるための口実として使う車検証のカバーを渡した。被告人は、光幸商事の事務所から離れた所に自動車を停めて待機することとし、K及びLを事務所に向かわせた。

3 K及びLは、同日午後四時五〇分ころ、光幸商事の事務所前に行き、Kにおいて、玄関のチャイムを鳴らし、被告人に指示されたとおり、「車検証を持ってきました。」と言って、事務所内にいたNにドアを開けさせた。Lがそのドアを引っ張って更に開けるとともに、L、Kの順で事務所内に侵入した。

そして、いきなりLは、Kらに背を向けて事務所の奥に向かって歩き始めたNに対し、右手に持った文化包丁でその右大腿部の後側を二回突き刺し、さらに、右手に持った文化包丁を右腹辺りに構え、その右手首を左手で押さえるようにしながら勢いよく体当たりするようにして、振り向いたNの右胸部を二回突き刺した。

このような攻撃を受けて、Nが大声で悲鳴を上げたことから、Kは、事務所の外のだれかに気付かれたのではないかと不安になっていたところ、事務所の二階で足音がしたものと感じた。そこで、Kは、北京語でLに対し「L、早く逃げろ。」と言った上、Lと共に事務所を飛び出し、被告人が近くに停めて待機していた前記自動車に乗り込み、被告人ら三名は直ちにその場から逃走した。

4 Nは、Lの攻撃により、右側胸部二か所に、肝臓に達する深さ約八センチメートルの刺創及び胸腔に達する深さ約二センチメートルの刺創を負ったほか、右大腿背部にも、座骨神経に達するものを含めて二か所に刺創を負った。Nは、同日、重傷患者として救急搬送されて手術を受け、平成六年二月一〇日まで約二か月間の入院治療を受けた。右側胸部の肝臓に達する創傷は、そのまま放置していたら多量の出血により失血死に至る可能性があった。

三  Lの殺意

以上のような事実関係、特にLが犯行に用いた凶器の性状、体当たりするようにして連続して突き刺した犯行の態様、Nが負った創傷の部位、程度に加え、Lが刺すのをやめたのはKから早く逃げろと言われたためであって、当初からそれ以上の攻撃をしないつもりであったとは考え難いことなどを併せ考慮すれば、実行行為者であるLは、確定的殺意をもってNに対して前記の攻撃を加えたことが優に認められる。

四  被告人らの共謀内容

そこで、本件犯行現場付近で待機していた被告人が、Lらとの間で、強盗殺人の共謀を遂げ、Lがその共謀に基づき前記の行為に及んだものであるかについて検討する。

1 Lが確定的殺意をもってNに対し前記の攻撃を加えたことのほか、既に認定したような、(一)被告人が光幸商事の事務所での強盗を計画するに至った経緯、特に、被告人が本件犯行当時の朝に計画していた現金輸送車を襲撃するのをあきらめ、その代わりに別の強盗をしようと考えたこと、(二)現金輸送車から現金を強奪することを計画した際被告人が指示した内容、特に、被告人が、K及びLに対し、Kにおいて現金輸送車の警備員をけん銃で撃ち殺し、Lにおいて現金を奪うという趣旨の指示をしていること、(三)本件強盗を計画した際被告人が指示した内容、特に、被告人が、K及びLに対し、Lにおいてまず事務所の中に入って刃体の長さが約二一センチメートルの鋭利な文化包丁で相手を刺し、Kにおいて金庫を開けて金を奪うという指示をしていることなどを併せ考えると、被告人は、K及びLとの間で、遅くとも、本件犯行直前に、光幸商事の事務所の近くに停めた自動車内で、右事務所に一人でいるはずの六〇歳くらいの男性を殺害して金員を強取する旨共謀したことが強く推認される。

2(一) しかも、Kは、光幸商事の事務所で強盗することを被告人から指示された際の自分の気持ちなどについて、検察官調書(乙35)において、概略次のような供述をしている。

「自分やLは、被告人から、じいさん(N)をさせと指示されたが、これは刺し殺せという意味であると理解した。というのは、被告人は、滋賀事件の際にも、結局、Jを殺させたし、その日の朝、現金輸送車を襲う時にも、撃ち殺せという趣旨で、警備員をけん銃で撃てと指示していた。被告人は、それまでの経験で、人を殺すことは何とも思っていなかった。それで、被告人が刺せと言えば、刺し殺すことだと思っていた。現実に、光幸商事の事務所の中に入って、金庫から金を取り出そうとすれば、当然、じいさんは、その金を奪われまいとして騒いだり、抵抗したり、逃げ出したりするであろうから、そのじいさんを殺さなければ、金庫から金を運び出すことはできないと思った。Lも、滋賀事件でJを殺す現場にいたし、その日の朝も一緒に行動していたから、被告人の指示を聞いて、光幸商事の事務所の中にいるじいさんを殺せと指示されていると理解したと思った。自分は、その日の朝に予定されていた現金輸送車の警備員を殺す計画が中止になり、ホッとした気持ちになっていたが、被告人が光幸商事のじいさんを包丁で刺せと言ったので、また人を殺すのかと思い、ガックリした気持ちになった。しかし、自分は、その日、被告人から現金輸送車を襲って数千万円の金を奪うために呼ばれて来ていて、被告人と一緒に強盗をすることを決めていたので、人を殺して強盗することにいやな思いはあったが、やるしかないと思った。それで、自分は被告人に黙ってうなずいて、同意した。Lは、被告人の指示では直接包丁を持って人を刺す役割だったが、被告人に対しうなずいていたので、被告人の指示に従って光幸商事の中にいるじいさんを殺し、金庫の中の金を奪うつもりだと思った。もし、Lが被告人の指示を断ったならば、自分もやらなかったと思うが、Lが被告人の指示に従ったため、Lと一緒に被告人の計画を実行することにした。」

(二) 右の供述は、どうしてKが被告人の指示を刺し殺せという意味に理解したのかという理由について、それまでの事実経過を踏まえて極めて具体的かつ詳細に説明しているものであり、また、その事実の流れから自然なものとして理解することができる。加えて、右の供述には、Kが、自ら率先して殺害しようとしたというのではなく、被告人に指示され、しかもLが被告人の指示に従ったので、Lと共に実行することにした、というようにKに有利な内容も含まれている。さらに、現金輸送車を襲撃する計画が中止になった直後に再び被告人から犯行を指示された際の心情についての右の供述は、被告人の指示を刺し殺せという意味に考えていたからこそできるような迫真性がある。

これらの事情等を併せ考えると、右のようなKに有利な内部部分はともかく、前記のKの検察官調書は大筋において信用性が高いというべきである。

(三) Kは、公判段階において、「被告人がLに相手を刺すよう指示したが、Lは必ずしも被告人が言ったとおりやらないと思っていた。実行するのは自分とLだけであるから、刺すかどうかは自分たちで決めることができた。自分としては、相手を傷付けたり、殺害したりするつもりはなかった。そこで、私は、Lに対し、入ったらすぐ相手を刺すことはしないように、自分の合図に従って行動するように言った。ところが、Lは、特にこれに返事をすることなく、刃物で相手を刺してしまった。これを見て、何とかLを止めなければいけないと思い、二階から足音が聞こえてきたので、二、三人が降りてくるよと言ってLをだまして一緒に逃げた。」などと、前記のKの検察官調書と異なる供述をしている。

しかしながら、Kは、公判段階になって、なぜ捜査段階における供述を変更したのか何ら合理的な説明をしていない。すなわち、Kは、前記の検察官調書が作成された理由について、公判段階において、「通訳人を介して調書を読み聞かせられ、大部分は理解することができた。ただ、詳しい細かい部分について通訳人に説明してもらおうと思ったが、そうしなかった。自分は罪を犯したし、ちゃんと自分のやったことについて認めた方がいいと思ったからである。」旨供述している。しかし、Kが被告人の「刺せ」という指示を「刺し殺せ」という意味に受け止めたか、Lが被告人の指示を聞いて「刺し殺せ」という意味に受け止めたか、K自身相手を殺害しようと思っていたかという点は、極めて重要な事柄であり、Kの言うように詳しい細かい部分とはいえない。Kの検察官調書についての右弁解は不合理であり信用することができない。むしろ、Kは、これらの重要な点について理解した上で間違いのないことを認めて検察官調書に署名指印をしたものと認められる。

なお、Kは、公判段階(第二六回及び第三六回)において、検察官調書を読み聞かせられた際、通訳人に詳細に通訳してもらったが、本件強盗の際、自分には殺す気持ちがなかったと読み聞かせられたとも供述している。しかし、右の検察官調書には相手を殺す旨の言葉が何度も繰り返して使用されている。もし、その殺す気持ちがあったという部分を、殺す気持ちがなかったというように通訳したとすれば、その全体の意味を十分理解することができない、矛盾した通訳となってしまうことに照らすと、通訳人が、本件強盗の際、Kには相手を殺す気持ちがなかった旨の通訳をしたとは考えられない。また、Kの右の弁解は、K自身が同時に「自分は罪を犯したし、ちゃんと自分のやったことについて認めた方がいいと思った。」旨供述していることとも矛盾している。Kの右の弁解も信用することはできない。

したがって、Kの前記の公判供述は信用することができない。

(四) そうであるならば、信用性の高い前記のKの検察官調書は、被告人らの共謀の内容が、前記1でみたように、Nを殺害して金員を強取しようという趣旨のものであったということを裏付けるものであるということができる。

3(一) 被告人も、検察官調書(乙33)において、概略次のような供述をしている。

「Lに包丁を渡す時、私は、「これを使って金取ってこい。暴れたりしたら刺しちゃえ。」と言った。私は、光幸商事の事務所に入ってからのことはKに任せたものの、おそらくLはその事務所の中にいたNさんを包丁で刺して殺してしまうことになるだろうと思っていた。また、KやLもそのつもりだろうと思っていた。人の居る事務所に押し入って金庫の中の金を奪おうという計画だから、相手を殺さないでやるということはとても難しい。まして、相手は暴力団の親分が経営する金融屋ということなので、おとなしく金を出すとはとても思えなかった。また、捕まらないように逃げなければならないので、そのためにも相手を殺してしまうのが一番簡単である。私とKとLは、滋賀事件で人を一人殺していたし、この日の朝に計画していた扇支店の件も相手をけん銃で撃ち殺すなどして金を奪うというものであり、もう私たちにとっては相手を殺すということにはほとんど抵抗がなかった。金さえ手に入れば他のことはどうでもいいという考えだった。」

(二) 右の供述は、本件強盗を計画するに至った経緯、本件犯行当日に実行する予定であった現金輸送車から現金を強奪するという計画の内容、本件強盗についての話し合いの状況などについて、具体的かつ詳細に説明した上されているものであり、また、その事態の推移に照らしても自然な流れに沿うものである。特に、被告人の立てた本件強盗の計画は、金融業を営む暴力団関係の事務所に六〇歳くらいの男性が一人しかいなくなるころを見計って、事務所に押し入り、Lが刃体の長さ約二一センチメートルの鋭利な文化包丁で男性を刺してその反抗を抑圧し、Kが事務所に置かれ、あるいは男性が所持していると思われる金庫のかぎを使って金庫の中から多額の現金を奪い取るというものである。もし、男性が騒ぎ出して他に助けを求めるなどした場合には金庫から現金を奪えないことも予想されるから、被告人がLらに与えた指示は、男性を殺害することを含むものであったと理解するのが合理的である。被告人の右の供述は、正にそのような趣旨のものであって十分合理的かつ自然である。

しかも、右の供述は、Lが光幸商事の事務所に入るや否や直ちにNを殺害するため包丁で突き刺した事実によっても裏付けられている。

さらに、信用性の高い前記のKの検察官調書ともよく符合している。

そうであるならば、被告人の前記検察官調書は十分に信用することができるというべきである。

(三) 被告人は、公判段階(第七三回)において、「私は、Lには包丁で脅せと言っただけで、刺せとは言っていない。じいさん一人だから脅せば何とかなると思った。Lがじいさんを刺したり殺したりするかもしれないと思ったことはない。」旨供述している。

しかしながら、公判段階に至って、捜査段階における前記供述をなぜ変更するに至ったのか、被告人は、何ら合理的な説明をしていない。むしろ、被告人は、公判(第七九回)において、「検察官には、相手を殺そうとは思ってなかったと話したことはない。検察官調書を読み聞かせてもらい、自分の気持ちとしては調書に書いてあるとおりだと思ったから多分署名したと思う。」などとも供述している。

しかも、被告人は、公判段階の他の場面では、「Lに突き刺して脅せと言った。」とか、「Lに刺しちゃえと言って包丁を渡した。」とか、前記供述とは矛盾する供述もしている。

このような事情や被告人の前記検察官調書に照してみると、強盗殺人の共謀を否定する被告人の前記公判供述は、不自然、不合理であり、信用することができないというべきである。

なお、被告人は、公判段階において、現金輸送車を取撃する計画の際も、Kらにはけん銃で脅すよう指示しただけである旨供述している。しかし、K自身、公判において、本件の強盗殺人を共謀したことはない趣旨の供述をしながら、現金輸送車を襲撃する計画については、被告人からけん銃で警備員を撃ち殺すよう指示された旨供述していることや、現金輸送車を襲撃する計画に関するK及び被告人の各検察官調書に照してみても、被告人の右の公判供述は信用することができない。

(四) そうであるならば、信用性の高い前記の被告人の検察官調書もまた、被告人らの共謀の内容が、前記1でみたように、Nを殺害して金員を強取しようという趣旨のものであったということを裏付けるものであるということができる。

五  以上のとおりであって、前記のK及び被告人の各検察官調書を含め、関係証拠を総合すれば、被告人は、少なくともL及びKとの間で、本件犯行直前に、光幸商事の事務所の近くに停めた自動車内で、金員を強取するに当たりNを殺害しようという趣旨の共謀を遂げていたこと、及びLは、右共謀に基づき、確定的殺意をもって、Nに対し、文化包丁でその右胸部等を突き刺したことを十分認めることができる。

第三  判示第七の事実(以下「高崎事件」という。)について

一  弁護人は、高崎事件について、1 被告人は、Oに対し腰か足をねらってけん銃を発射したものであって、Oが死亡することを認容していなかった、2 Oの被告人から受けた傷害は治癒し、その後、Oが急性ショックにより死亡したものであるから、被告人の行為とOの死亡との間には因果関係がない、と主張する。

しかしながら、当裁判所は、弁護人の主張を採用せず、判示のとおり、被告人がKと共謀の上強盗殺人を敢行した事実を認定したので、以下、補足して説明する。

二  被告人の殺意

1 関係証拠によれば、本件犯行に至る経緯、本件犯行の態様などに関して、次の事実が認められる。

(一) 被告人は、光幸商事事件で金員を奪取することに失敗し、愛人のいる群馬県前橋市に逃走した。そこで、今度はけん銃を使用して確実に金品を奪うことにし、平成五年一二月一一日夕方、Kに「仕事があるから。」と連絡して群馬県へ呼び寄せ、前記の現金輸送車を襲撃する計画をした際用意したけん銃をKに見せた後、愛人の勤めるスナックで二、三時間遊んだ。

(二) 被告人は、同日午後一一時ころKと二人でスナックを出て、当初被告人がねらいをつけていたゲーム屋に行き、Kに店内の様子を探らせたが、客が数人いたため犯行を中止した。

(三) そこで、被告人は、以前行ったことがあり、店内の様子もしっているゲーム喫茶「でるじゃん」を襲うこととし、その付近を車で二、三回回りながら、Kに対し「ここなら間違いなく一人だ。前によく遊びに来て店の中もよく知っている。おれが一発撃つから、お前は金を取って逃げろ。」などと指示した。そして、被告人は、けん銃を隠し持って、同月一二月午前零時三〇分ころ、Kと共に同店内に入った。

(四) 被告人らは、まず、店内に店長のOだけしかいないことを確認した後、隣合っている二台のゲーム機の前にそれぞれ座ってゲームを始めた。被告人は、ゲームをしながら店長の様子をうかがい、Kに対し、「おれがゲームを終わったら五〇〇〇円入れてやれ。おれはトイレに行ってくると言って、後から一発撃つから。」などと指示した。

(五) Kは、被告人の指示どおりにOをKの座っているゲーム機に呼び寄せて金を出すと、被告人は、「トイレに行ってくる。」と言って立ち上がり、Oの後方に回った。そして、Oが、Kの左前方でかぎを使ってゲーム機に点数を入れようと少し前かがみの姿勢になった時、被告人は、Oの後方二メートルくらいの位置から両手でけん銃を構え、Oに対し一発発射した。

(六) Oは、背部に銃弾を受けて第九、十胸椎を損傷し、「痛い。痛い。」と言いながらKの目の前にうずくまるようにしてうつ伏せに倒れた。その後、被告人とKは、Oの右後ろポケットから財布を奪うとともに、店内及び店の駐車場にあったOの自家用自動車内を物色して金品を強取した。

2 以上のような事実関係、特に、被告人が、光幸商事事件で金員を奪取するのに失敗したことから、今度はけん銃を使用して確実に金員を奪うことにしたこと、また、被告人が、全く警戒していなかったOに対し、その背後の至近距離からけん銃を両手で構えて発射していることや、現にOが銃弾を受けた部位、傷害の部位、程度等に照せば、被告人が、金品を強取するため、確定的殺意をもって、Oの背部に向けてけん銃を発射したことが強く推認される。

3(一) しかも、Kは、本件強盗について被告人から指示された際の自分の気持ちや本件犯行時の状況等について、検察官調書(乙52)において、概略次のような供述をしている。

「私は、おれが一発撃つからお前は金を取って逃げろなどという被告人の言葉を聞いて、被告人が相手をけん銃で撃ち殺して金を奪うつもりであることがはっきりと分かった。既に呼ばれて群馬に来た以上、被告人の指示どおりにやるしかないと思い、人を殺して金を奪う決心をした。」、「店長が、私の左前方に来て、私の座っているゲーム台にかぎを使って点数を入れようとして少し前かがみになったとき、その後ろ二メートルくらいの位置に被告人がいて、両手でけん銃を構え、店長の背中か腰の辺りをねらっていた。私は、それを見て、被告人が店長の後ろからけん銃を発射することが分かり、私の方に弾が当たらないようにと上半身を右に曲げて避けるような体勢をとり、被告人が撃つのを待った。」

(二) 右の供述は、以前に被告人らと強盗殺人事件等を行ったことを含めて、本件の事実の経過を具体的かつ詳細に説明した上、その当時の気持ちをも素直に述べたものであり、事態の流れに極めて自然に即応したものとなっている。特に、ゲーム機に座っているKの左前方でKの側に向いて少し前かがみになっているOの後方から、被告人がOに対しけん銃を発射するというのであるから、Kとしては、被告人がけん銃を発射する位置、方向等被告人の挙動に注意を払い、その発射する弾丸に当たらない措置をOに気付かれないように講じる必要があるところ、Kの右供述は正にこのような必要に符合したものであって、経験した者でしか述べることができないような迫真性があり、十分合理的かつ自然な内容のものといえる。

また、K自身も、公判段階において、前記検察官調書について、取調べでは検察官に対し自分の記憶に従って正直に答えた、通訳人に調書の内容を読んで聞かせてもらった、自分が話した内容と大体合っており、検察官に異議を申し立てたことはなかった旨供述している。

このような事情等を併せ考慮すれば、Kの捜査段階における前記供述は十分に信用することができるというべきである。

(三) なお、Kは、公判段階において、「被告人からけん銃で相手を撃つと言われたが、被告人は体格が強いし、二人でやるわけだから、けん銃を持っていることを相手に見せるだけで、もう十分相手がお金を出してくれるのではないかと思った。被告人がけん銃を撃つとは必ずしも思わなかった。」、「被告人がどの方向から撃ったか、よく見ていないが、当たったのは店長の背中だと思う。当時、自分が撃たれるという心配をしていたので、体を少し移動した。」などと供述している。

しかし、右の各供述は、前記1の事実関係や前記のKの検察官調書の内容に照らし不自然、不合理であり、信用することができない。

(四) そうであるならば、Kの検察官調書中の前記供述は、前記2に説示したとおり、被告人が、金品を強取するため、確定的殺意をもって、被害者の背部に向けてけん銃を発射したことが強く推認されることを十分裏付けているということができる。

4(一) また、被告人も、捜査段階において、概略次のような供述をしている。

(1) 「光幸商事事件で一銭の金も取れなかったことから、このままでは正月も迎えられないとせっぱ詰った気分になり、再び強盗をしようと考えた。今度やるときは絶対に失敗しないようにやらなければいけないと思い、そのためにはけん銃でいきなり相手を撃ち殺し、騒がれたり抵抗されたりしないようにしてから金を奪い取るのが一番確実でてっとり早いと思い付いた。当時は既に滋賀事件で人を殺して金を奪うということをやっており、一人殺すのも二人殺すのも同じだといった気持ちになっていたので、人を殺して金を奪うことについて、余りためらいもなかった。」

(2) 「私は、Kの座っているゲーム台の方に行く店長とすれ違うのと同時に、後ろを振り向き、けん銃を取り出して両手で握り締めた。そのとき、店長は、Kのいるゲーム機に点数を入れるため、私に背中を向けて前かがみの姿勢をとった。私は、今だと思い、一メートルくらい離れた所から、けん銃を両手で構え、店長の腰か背中の辺りをねらって、右手の人差し指で引き金を引いて、一発撃った。すると、パーンという大きな銃声がして、店長は、ひざから崩れ落ち、頭をカウンター方向に向けて倒れ、体を丸めて、「痛い、痛い。」と言って苦しがっていた。店長が倒れた姿勢などについては、余り詳しい記憶がない。私は、店長のすぐ後ろから背中か腰の辺りをけん銃で撃って命中させたので、店長は間違いなく死んでしまうだろうと思った。」

(二) 右の各供述も、以前にKらと強盗殺人事件等を行ったことを含めて、本件の事実の経過を説明した上、その当時の気持ちをも率直に述べたものであり、事態の流れに極めて自然に即応したものとなっている。すなわち、(1)の供述は、被告人が、本件の強盗をするに際し、なぜ、そして、どのように、けん銃を使用しようと考えたのか自己の心情について具体的かつ詳細に吐露したものであり、その後の本件犯行の態様自体とも符合し、自然で、かつ、合理的である。本件の強盗をするに際し被告人から指示を受けたKの検察官調書ともよく符合している。また、(2)の供述は、本件犯行の態様等について具体的に述べているものであり、本件犯行の客観的態様に合致し、右(1)のような心理状態に基づき行われたものとして十分理解することができる。Kが観察した被告人の挙動について述べる前記検察官調書とも概ね合致している。

したがって、被告人の捜査段階における前記供述は十分に信用することができるというべきである。

(三) 被告人は、公判段階において、「店長を動けなくするために、店長の腰か足をねらう予定だった。けん銃を撃ったが、そのときには、どこに当たったか分からなかった。撃った後、私はすくカウンターの方に行ったので、店長が動ける状態であったかどうか見ていないので分からない。腰の辺りを撃ったから大丈夫だと思っていた。声も出していたし、死んでないなと思っていた。」などと供述している。

しかしながら、右の供述は、その内容自体矛盾している(なお、被告人は、後の公判では腰をねらって撃ち、ねらった所に行ったと思うと供述している。)。また、このようにねらった部位、当たった部位についての供述があいまいであるほか、店長が動ける状態であるか否か重要な関心事であるのにその点について確認することなく金品を奪い始めたというのも不自然である。腰の辺りを撃ったから大丈夫だと思ったというのも極めて不自然である。

しかも、公判段階になって、捜査階段における前記供述をなぜ変更するに至ったのか、被告人は、何ら合理的な説明をしていない。さらに、被告人の捜査段階における前記(一)の(1)の供述についても、そのような気持ちであったことに間違いないかと聞かれてそのように答えたというのである。

このような事情等に照らすと、被告人の前記公判供述は信用することができない。

(四) そうであるならば、被告人の検査官調査中の前記供述も、前記2に説示したとおり、被告人が、金品を強取するため、確定的殺意をもって、Oの背部に向けてけん銃を発射したことが強く推認されることを十分裏付けているということができる。

5 以上のとおり、前記2の事実関係に、3の(一)掲記のK及び4の(一)掲記の被告人の捜査段階における各供述を総合すれば、被告人は、金品を強取するため、確定的殺意をもって、Oの背部に向けてけん銃を発射したことを優に認めることができる。

三  被告人の行為とOの死亡との因果関係

1 関係証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) Oは、平成五年一二月一二日、本件受傷直後から両下肢完全麻痺の状態であったが、髄膜炎等の感染を防ぐため、受傷当日緊急手術を受けた。執刀医師は、弾丸刺入部を切除するように皮膚切開を加え、第九、十胸椎椎弓を切除した。第九胸椎椎弓の右側下方に径約一センチメートルの欠損部分があり、硬膜は弾丸によって左方に強く圧迫され右第十胸神経根が断裂しており、少量の脳脊髄液が流出していた。弾丸は第十胸椎椎体にめり込んでおり、医師は、これをピンセットで摘出し、続いて、細菌等の感染を極力防止するために弾丸摘出後創内を減菌生理的食塩水で洗浄した。しかし、右感染の確率を零にすることは不可能であり、ある程度の確率で感染することは避けられないものであった。

(二) 術後の経過は良好であったが、同月二〇日に行われた血液検査で白血球が高値を示し、同月二四日には体温が上昇したため、何らかの感染症が発症した可能性があることから、同月二一日に経口剤に変更されていた抗生物質の点滴が再開された。同月二五日ころ、手術創は外見上ほぼ治癒し抜糸が行われた。同月二七日には白血球値は改善されたが、赤血球沈降速度の亢進等がみられ、やはり何らかの感染症の発症が考えられたため、抗生物質の点滴を継続した。そして、Oは、平成六年一月三日午前一〇時一五分ころの回診時には特に異常が認められなかったが、その直後に突然全身痙攣と意識消失を来たし、手当てを受け、二度意識を回復したものの、血圧、脈拍が低下し、突然呼吸が停止した。人口呼吸を行い、呼吸促進剤等を使用したが反応せず、心停止の状態となり、死亡するに至った。

(三) Oには、本件受傷を起因とする以外に死亡するような格別の損傷、病変はなかった。

2 右の事実関係に、Oの手術の執刀医師である医師斯波俊祐の公判供述等を総合すれば、Oは、本件受傷により脊髄に損傷を受けて細菌、ウイルス等が侵入するなどし、細菌等の感染に基づき、髄膜炎又は脳炎等が発症して急性呼吸困難に陥り、死亡したものと認められる。

3 そうであるならば、被告人の行為(けん銃発射)とOの死亡との間には因果関係があるというべきである。

第四  判示第九の事実(以下「Pハイツ事件」という。)について

一  弁護人は、Pハイツ事件について、被告人は、本件犯行の際、Pの死の結果を認容していなかった、と主張する。

しかしながら、当裁判所は、弁護人の主張を採用せず、判示のとおり、被告人がKらと共謀の上強盗殺人を敢行した事実を認定したので、以下、補足して説明する。

二  本件犯行に至る経緯、本件犯行の態様等

関係証拠によれば、右の点に関し、次の事実が認められる。

1 被告人は、自動車販売業を営んでいたAに対し、かねてより、多額の金員を容易に強取することができる所はないか情報を提供してくれるよう求めていた。そして、被告人は、Aから、その事務所のあるPハイツのオーナーであるPがその三〇二号室に居住しており、同室には多額の現金の入った金庫があり、昼間はP一人であるなど同室が襲撃に適当な場所であることを教えられていた。

その一方で、被告人は、高崎事件の犯行後、龍野川信用金庫西新井支店の現金輸送車をけん銃を用いて襲撃して現金を強奪することを計画し、平成五年一二月一七日ころ、K及びBと予定していた犯行現場へ赴いたが、道路工事の作業員が多数いたため、これをあきらめた。

2 そこで、被告人は、P方を襲撃するしかないと決意し、Aから更に詳しい情報を得るとともに、K及びBを右犯行計画に誘い入れた。

3 被告人らは、同月二〇日午前九時三〇分ころ、B方において、全長約三〇センチメートルのハンマー、刃体の長さ約一二センチメートルの出刃包丁、長さ約一メートルのバールを準備して自動車に積み、同日午前一〇時三〇分ころ、B方を出発し、Pハイツ周辺を何度も下見などした。その際、被告人は、K及びBに対し、「おれがドアを開けて入るから、一郎(Kの通称)はおれに続いてすぐ突っ込め。おれがハンマーでバンバン殴るから、一郎、お前は包丁持ってこい。邦(Bの通称)は下で見張りをやれ。」などと犯行の段取りや役割分担を指示し、K及びBもこれを了承した。

4 被告人及びKは、Bに見張りをさせ、同日午前一一時三〇分ころ、P方のかぎの掛かっていなかった玄関から忍び込んで室内に侵入した。物音を不審に思ったPが「だれ」と言いながら奥の方から廊下を玄関の方に向かって歩いてきた。

そこで、被告人は、廊下から見えない玄関内の壁際に身を隠し、ハンマーを高く振り上げて身構え、近付いてきたPの頭部を目掛けて、いきなりハンマーを振り下ろした。さらに、被告人は、大声を上げながら室内奥へと逃げるPを追い掛けて揉み合いとなり、倒れ込んだPの頭部をハンマーで数回殴打するなどした。

被告人は、Kに命じて玄関のかぎを掛けさせ、Pのズボンのポケットから落ちた財布を奪わせた後、Pのひざの下辺りを両ひざで押さえ込んだKに対し、「一郎、刺せ、刺せ。」と指示した。Kは、これに従い、所携の出刃包丁でPの左側胸部付近を一回刺し、なおもPが暴れたため、被告人から「もっと刺せ」と言われてもう一回同所付近を突き刺した。それでもPは、Kをはねのけようと抵抗した。これを見て、被告人は、「一郎、ちょっとどけ。」と言ってKから出刃包丁を取り上げ、Pの右側胸部を力一杯突き刺し、さらに、ぐったりしているPの頭頂部付近をハンマーで数回殴打した。

5 その後、被告人らは、室内やPの車の中を物色し、金庫を運び出すなどした。その間、被告人は、見張りをしていたBの所に金庫を開けるためバールを取りに戻ったが、その際、Bに対し、「殺した。気持ちが悪い。」と言った。

6 これにより、Pは、頭部に挫創・挫裂創、頭蓋骨骨折、クモ膜下出血、頭皮下出血の傷害を、後頭部・左右側胸部に刺創、刺切創あるいは切創(死因に結び付く最大の創傷は、右側胸部の第九助間から胸腔内に刺入し、右肺下葉下端実質を刺通し、横隔膜を穿通し、肝臓右葉上面を切開させて再び胸腔内に脱出し、胸膜腔下端後面で脊柱側に刺入されその筋肉内に終わる、刺入り口からの深さ約一五・五センチメートルのものである。)の傷害を負い、肺、肝刺創による出血性ショックにより、そのころ、同所において死亡した。

三  以上のような事実関係、特に、被告人が本件強盗を計画してK及びBに対し指示した内容、被告人らが本件犯行に使用した凶器の種類、形状、Pに対して行った攻撃の態様、Pの受けた傷害の部位、程度、Pの死亡時期、本件犯行後の被告人の言動等に照らせば、被告人が、Pを殺害して金品を強取しようとして、確定的殺意をもって、Pに対し、前記認定の所為に及んだことを優に推認することができる(前記各所為がKらとの共謀によるものであることも同様に十分推認される。)。

四  被告人も、検察官調書(乙59)において、「私がハンマーでオーナーの頭部を殴り付けると、オーナーはぐったりと倒れ、声を全く出さなくなったので、ああやっとオーナーは死んだと思った。最初からオーナーを殺すことは考えていたが、金を奪うために殺さなければならないと考えていただけで、別にオーナーに恨みがあるわけではなかった。」などと供述している。

右の供述は、本件犯行に至る経緯及び犯行状況等を具体的かつ詳細に説明した部分に引き続いて、その際の被告人の心情について触れたものである。その内容には不自然な点はなく、迫真性にも富んでいる。

そうであるならば、右の供述は十分信用することができるというべきである。

なお、被告人と共謀の上強盗殺人を敢行した事実を認めるK及びBの捜査段階における各供述等も同様に十分信用することができるというべきである。

五  以上を併せ考えれば、被告人は、Kらと共謀の上強盗殺人を敢行したものであり、自らも、確定的殺意をもって、ハンマーでPの頭部を数回殴打し、出刃包丁でその胸部を突き刺すなどしたことを優に認めることができる。

六  被告人は、公判段階において、本件犯行の外形的事実、態様をおおむね認めながら、「Pを殺すつもりはなかったし、このような行為によりPが死んでもかまわないとか、死ぬかもしれないとまでは考えなかった。おとなしくさせるためにやった。」旨供述している。

しかしながら、右の供述は、前記に認定したような犯行態様に照らしてみても、極めて不自然、不合理である。また、なぜ、公判段階に至って、捜査段階における前記の供述を変更するに至ったのか、被告人は、何ら合理的な説明をすることができない。被告人の公判段階における右の供述は信用することはできない。

(累犯前科)

被告人は、平成元年一二月八日浦和地方裁判所で覚せい剤取締法違反の罪により懲役二年に処せられ、平成三年一一月七日右刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書(乙81)及び右事件の調書判決謄本(乙85)によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法(平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前のもの。以下同じ)六〇条、二四六条一項に、判示第二の所為は同法六〇条、二三六条一項に、判示第三の所為は同法二六一条に、判示第四の所為は同法二〇四条に、判示第五及び第九の各所為のうち、各居住侵入の点は同法六〇条、一三〇条前段に、各強盗殺人の点は同法六〇条、二四〇条後段に、判示第六の所為のうち、建造物侵入の点は同法六〇条、一三〇条前段に、強盗殺人未遂の点は同法六〇条、二四三条、二四〇条後段に、判示第七の所為は同法六〇条、二四〇条後段に、判示第八の所為は同法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法(平成七年法律第八九号附則二項により同法による改正前のもの。)三一条の二第二項、一項、三条一項に、判示第一〇の所為は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するところ、判示第五及び第九の各住居侵入と各強盗殺人との間並びに判示第六の建造物侵入と強盗殺人未遂との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として前者については重い各強盗殺人罪の刑で、後者については重い強盗殺人未遂罪の刑でそれぞれ処断し、各所定刑中判示第三、第四及び第一〇の各罪についてはいずれも懲役刑を、判示第五、第七及び第九の各罪についてはいずれも死刑を、判示第六の罪については無期懲役刑をそれぞれ選択し、前記の前科があるので、同法五六条一項、五七条により判示第一ないし第四、第八及び第一〇の各罪の刑についてそれぞれ再犯の加重をし(判示第二及び第八の各罪の刑については同法一四条の制限内で加重)、以上は同法四五条前段の併合罪であるところ、同法四六条一項、一〇条により犯情の最も重い判示第九の罪の刑で処断して他の刑を科さないこととして、被告人を死刑に処し、訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が、判示のとおり、1 自動車保健契約を締結しているAらと共謀の上、車両保険金をだまし取ろうと企て、被保険車両を損壊するなどした後、第三者により右車両が損壊されるなどしたものであるかのように装い、保険会社に対し、自動車保険金を請求し、同社の担当者をその旨誤信させるなどして、平成五年三月五日、同社から保険金等三七五万円をだまし取り(判示第一の事実。以下「保険金詐欺事件」という。)、2 Eらと共謀の上、同年一〇月八日、静岡県沼津市内のパチンコ店事務所内において、従業員らに折り畳み式ナイフやサバイバルナイフを付き付けて脅迫し、あるいは粘着テープを巻き付けるなどして、その反抗を抑圧し、現金約一〇七八万円を強取し(判示第二の事実。以下「沼津事件」という。)、3 同月一九日、静岡県内の東名高速道路を走行中、自分が追い越したトラックの運転手にいやがらせをされたなどと誤解して腹を立て、走行車線上に自車を停めると同時に後方に停まったトラックのフロントガラス等をバットでたたき割るなどして他人の物を損壊し(判示第三の事実)、さらに、右トラックの運転手の右足をバットで一回殴打する暴行を加え、加療約五〇日間を要する右下腿骨陥没骨折の傷害を負わせ(判示第四の事実。以下、判示第三及び第四の事実を「東名高速事件」という。)、4 Kほか二名の外国人らと共謀の上、滋賀県八日市市で金融業を営むJ方に押し入り、Jが抵抗した場合にはJを殺害してでも金品を強取しようと企て、同月二七日、J方に押し入り、Jの大腿部等を包丁で刺すなどして殺害した上、金品を強取し(判示第五の事実(滋賀事件))、5 Kほか一名の外国人らと共謀の上、東京都足立区内で金融業を営む有限会社光幸商事の事務所に押し入り、店番をしていた同社の取締役Nを殺害して金員を強取しようと企て、同年一二月一〇日、同事務所に押し入り、Nの胸部等を文化包丁で刺したが、Nに騒がれるなどしたため、傷害を負わせたにとどまり、金員を強取し、かつ、殺害するという目的を遂げず(判示第六の事実(光幸商事事件))、6 Kと共謀の上、同月一二日、群馬県高崎市内のゲーム喫茶店において、店長のOをけん銃で射殺して金品を強取しようと企て、適合する実包と共に携帯していたけん銃でOの背部を撃った上金品を強取し、その結果、約二〇日後にOを死亡させて殺害し(判示第七(高崎事件)及び第八の事実)、7 Kらと共謀の上、不動産賃貸業を営む東京都足立区内のPハイツのP方に押し入り、Pを殺害して金品を強取しようと企て、同月二〇日、P方に押し入り、Pの頭部をハンマーで殴打し、胸部等を出刃包丁で刺すなどして殺害した上、金品を強取し(判示第九の事実(Pハイツ事件))、8 法定の除外事由がないのに、平成六年六月、東京都足立区内の駐車場において、けん銃用実包九発を所持し(判示第一〇条の事実)、結局、合計三名を殺害し、一名の殺害は未遂に終わったという住居侵入・強盗殺人二件、強盗殺人一件、建造物侵入・強盗殺人未遂一件(以下、これら四件を「本件強盗殺人等」という。)のほか、詐欺、強盗、器物損壊、傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の事案である。中でも重大な犯行である本件強盗殺人等の犯行を中心に被告人の量刑について検討を加える。

二  まず、本件強盗殺人等に至る経緯は次のとおりである。被告人は、平成四年一〇月からは働くことも辞め、サラ金等からの借金がかさみ、その返済や生活費等に充てる金欲しさから、平成五年一月から保険金詐欺事件に係わり、その後、前刑服役中に知り合った者から、パチンコ店なら金があり簡単に取れるということを聞いて強盗を行うことを決意し、同年一〇月八日、外国人を使って沼津事件に及んだ。被告人は、その分け前として相当額を取得したのにこれに飽き足りず、更に金欲しさから同月二七日には滋賀事件を起こし、Jの生命を奪った。しかしながら、被告人は、何ら反省自戒することなく、同年一二月一〇日には、現金輸送車の警備員を射殺して現金を強奪する計画を立て、通行人等が近くにいたことなどから右計画をあきらめたもののその代わりにその当日、光幸商事事件を敢行した。被告人は、現金を強奪することができなかったことから、その二日後の同月一二日には高崎事件を起こし、これにより、Oの生命を奪った。さらに、被告人は、それほど現金が取れなかったことから、同月二〇日、Pハイツ事件に及び、Pの一命を絶った。

そうであるならば、被告人の本件強盗殺人等の犯行の動機は、もっぱら金を得たいということであって、金のためには人の命を奪うことをいとわないという、極めて自己中心的かつ短絡的なものである。動機には酌量するべき余地がない。

特に、滋賀事件で、被告人が、犯行現場において、包丁を持っていたKに対し、Jを殺せという趣旨でJを包丁で刺すように指示してJを殺害させ、大量の血を流して横たわっていたJの姿を目にしていたのに自己の犯したその罪の重大さに格別苦しみ悩むこともなく、その後も金を得るために強盗殺人を計画し、光幸商事事件以降、強盗殺人等を繰り返し行ったものである。ここに被告人の反社会的な性格や規範無視の態度がそのまま現れているといわなければならない。

三  被告人らは、滋賀事件、光幸商事事件及びPハイツ事件では、多額の現金があって被害者が一人でいるという情報を得ると、これにねらいを定め、また、高崎事件でも、当初同様な場所にねらいを定めたが、客が数人いて実行することが無理だと分かると、直ちに前記のような条件を満たす別の場所にねらいを変え、それぞれ犯行に及んだものである。

また、被告人らは、滋賀事件ではけん銃や包丁など、光幸商事事件では文化包丁、高崎事件ではけん銃、Pハイツ事件ではハンマーや出刃包丁と、いずれも十分に殺傷能力のある凶器を準備した上、滋賀事件では抵抗された場合に被害者を殺し、それ以降の事件では初めから被害者を殺して金員あるいは金品を強取するなどといった犯行の具体的な段取りや各共犯者の役割などをあらかじめ確認し合っている。

このように本件強盗殺人等の各犯行は、いずれも周到に準備された極めて計画的なものであるといわなければならない。

四1  次に、本件強盗殺人等の各犯行における殺害等の実行行為の態様等をみると、

(一) 滋賀事件では、預かり物を届けに来たように装ってJ方に押し入った被告人らが、Jにけん銃を突き付けるなどしてJを居間に連れ込んで、布団の上に押し倒した上、三人掛かりで押さえ付け、被告人において、「金庫を開けろ。開けないと殺すぞ。金を出せ。」などと迫ったが、Jがこれに応じなかったため、LがJの左側胸部をナイフで一回刺し、なおもJが大声を出して必至に抵抗し金庫を開けようとしなかったため、被告人がKに対し、Jを殺せという趣旨で「一郎、お前刺せ。」と指示し、Kが被告人の指示を受けて、包丁で力一杯Jの左大腿部を一回突き刺して大腿動・静脈を完全に切断する深さ約一〇センチメートルに達する刺切創を負わせてJを失血死させた

(二) 光幸商事事件では、被告人の、「一郎は日本語がうまいから、じじいに玄関を開けさせ、Lはドアを引っ張って開け、中に入ってじじいを包丁で刺せ。」という指示を受け、Kが玄関のチャイムを鳴らし、「車検証を持ってきました。」と言って金を借りに来た客を装い、Nに玄関ドアを開けさせると、LとKが事務所内に侵入し、背を向けて事務所の奥に歩き始めたNに対し、Lがいきなり文化包丁でNの右大腿部の後側を二回突き刺し、更に振り向いたNの右胸部を体当りざまに二回突き刺した

(三) 高崎事件では、被告人とKとが、客を装ってゲーム喫茶「でるじゃん」に入り、被告人が、Kの依頼に応じてゲーム機に点数を入れようと前屈みの姿勢をとっていたOの背後約二メートルの至近距離から、突然Oの背中を目掛けてけん銃を一発発射した,

(四) Pハイツ事件では、被告人とKとがP方に侵入し、被告人が、物音を聞き付けて出てきたPに対し、いきなりその頭部を目掛けてハンマーを振り下ろし、室内奥へと逃げるPを追い掛けて揉み合いとなり、倒れ込んだPの頭部をハンマーで数回殴打し、続いて、K及び被告人がその胸部等を鋭利な出刃包丁で数回突き刺し、さらに、被告人が、ぐったりして動かなくなったPの頭部をハンマーで殴打し続けるなどして、Pを殺害したが、その際、深さ約一五・五センチメートルで、肺、肝臓に達する右側胸部刺創のほか、頭蓋骨骨折、左側胸部刺創等多数の創傷を負わせた

ものである。

このように犯行の手段、態様は、本件強盗殺人等のいずれの事件でも、凶悪かつ残虐であり、特にPハイツ事件は、執ようかつ冷酷で、その無残さは眼をおおわせるばかりである。

2  しかも、滋賀事件では、被告人らは、Jを刺した後、血まみれのJの着衣から現金を奪った上、Jの横たわっている居間から大きくて重い耐火金庫を数人掛かりで平然と屋外に運び出し、高崎事件では、けん銃で撃たれてその場に倒れ、苦しんでいたOから現金やかぎ束等を奪い取り、Pハイツ事件でも、血まみれになって倒れているPをその場に放置して、室内を物色した上、白昼であったのに据置金庫を数人掛かりで屋外に運び出すなどしている。これらは、いずれも冷酷かつ非常で、大胆不敵な犯行であるといわなければならない。

3  そして、被告人は、自ら強盗殺人等のできそうな場所について情報を得るなどし、金を得るためなら手段を選ばないKら外国人などを仲間に引き入れ、本件強盗殺人等の計画を立てたほか、

(一) 滋賀事件では、強盗に押し入るまでの間に、共犯者間で役割を分担し、Jが大声を出したり暴れたりして抵抗した場合にはJを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取する旨の事前共謀を成立させ、自らも犯行現場に赴き、Jが金庫を開けようとすることなく暴れるなどして抵抗するのを見てJを殺害することもやむを得ず、Jを殺害してでも金品を強取するほかないと考え、Jを殺せという趣旨でKに「一郎、お前刺せ。」と指示して、Kに前記の殺害の実行行為をさせ、

(二) 光幸商事事件では、自らは、事務所の付近で待機し、K及びLに対し、「一郎は、日本語がうまいから、じじいに玄関を開けさせろ。Lはドアを引っ張って開け、中に入ってじじいを包丁で刺せ。KもLに続いて入り、金庫のかぎを捜し、金庫を開けて金を取って二人で逃げてこい。」と指示してLに前記の殺害の実行行為をさせ、

(三) 高崎事件では、Kに指示してOをゲーム機のそばに呼び寄せさせ、自らは、Oの後方に回り、何も知らずに無防備なままでいるOの背後から、しかも至近距離からけん銃を一発発射して命中させて脊髄損傷の致命傷を負わせ、

(四) Pハイツ事件では、事前に、K及びBに対し、「おれがドアを開けて入るから、一郎はおれに続いてすぐ突っ込め。おれがハンマーでバンバン殴るから、一郎、お前は包丁持ってこい。邦は下で見張りをやれ。」などと犯行の段取りや役割分担を指示した上、P方にKと共に侵入し、前記のとおり、Pに対し、いきなりその頭部を目掛けてハンマーを振り下ろすなどし、倒れ込んだPの頭部をハンマーで数回殴打し、続いて、出刃包丁を持っているKにPを刺すように二回指示し、Kもこれに従ったが、なおもPが抵抗するのを見てKから出刃包丁を取り上げてPの右側胸部を力一杯突き刺し、さらに、ぐったりして動かなくなったPの頭部をハンマーで殴打し続けるなどした。

被告人は、本件強盗殺人等の各犯行について、事前又は現場における共謀の成立過程、あるいは現場での殺害の実行行為において主導的、中心的役割を果たし、あるいは率先して殺害行為に及んだものである。

被告人が、事務所の外で待機し、かつ、金員強取の目的を遂げなかった光幸商事事件を除く他の三件の強盗殺人事件では積極的に金品を物色してこれを強取し、また、右各犯行による分け前も他の共犯者に比し少なくなく、それなりに取得していることも軽視することができない。

本件強盗殺人等の各犯行に先立つ沼津事件においても既に同様のことをうかがい知ることができる。

五1  本件強盗殺人等の各犯行により、何ら責められるべき事情のない三名が殺害され、一名が重傷を負わされるなどした結果はいうまでもなく極めて重大である。

2  そして、

(一)滋賀事件の被害者であるJは、突然自宅に侵入してきた者らに取り押えられて、抵抗のかいもなく、凶行にさらされ、ほぼ即死に近い状態で絶命させられた上、約一二四〇万円の現金等を金庫ごと奪われるに至ったものであって、その無念さは察するに余りがある。

Jと共に築いた平穏な生活を一瞬のうちに失った内妻が犯人を極刑に処するのを望む気持ちも十分に理解することができる。

(二) 高崎事件の被害者であるOは、全く訳も分からないまま、客だと思っていた者に背後からいきなり銃撃され、二〇日余りの入院生活の末、生命をも奪われたものであって、その無念さは計り難い。

Oと二人暮らしをしていた実母の悲しみや犯人に対する憤りは非常に大きく、実母が、犯人を極刑に処することを求めるのも当然というべきである。

(三) Pハイツ事件の被害者であるPは、白昼自宅において突然執ようかつ残虐な攻撃にさらされ、十分な抵抗もすることができないまま惨殺され、現金を金庫ごと奪われるに至ったものであって、Pの無念さは想像を絶するものがある。

帰宅した直後に血まみれになったPを発見した長男の、犯人に対する処罰感情は極めて強く、これまた犯人に対し極刑を求めている。

(四) 光幸商事事件の被害者であるNも、突然、事務所に押し入られ、続けざまに文化包丁で突き刺される攻撃を受けて生命にかかわるような重傷を負わされた上、歩行が不自由となる後遺症が残ることにもなって、大きな肉体的、精神的打撃を受けており、犯人に対して強い怒りを抱いている。

3  さらに、滋賀事件、高崎事件及びPハイツ事件の三件を併せて、合計一五〇〇万円を超える現金のほか、腕時計等相当高額の物品が奪われており、その財産的被害も甚大である(なお、沼津事件の被害額が一〇〇〇万円を超えていることも無視することはできない。)。

4  それにもかかわらず、被告人は、遺族及び被害者に対する慰謝の措置を全くとっていない。

六  本件強盗殺人等の各犯行は、滋賀県八日市市、東京都足立区及び群馬県高崎市の三都県にまたがる広域で、しかも約二か月足らずの短期間に連続してされたものであって、これが社会に与えた衝撃も大きいことは容易に推測されるといわなければならない。

七  しかも、被告人は、公判段階において、本件強盗殺人等の各犯行について、不自然、不合理な弁解に終始して強盗殺人等の共謀や殺意があったことを争い、一応反省の弁も述べてはいるものの、自己の犯した罪の重大さを深く自覚するには至っていない。また、被告人は、昭和五七年以降、累犯前科を含む覚せい剤取締法違反、恐喝未遂、窃盗等の懲役前科四犯を有しており、最終前科の刑の執行終了後一年余にして保険金詐欺事件を敢行し、以後沼津事件以下判示の各犯行に及んだものであり、この点に照らしても、被告人の規範意識の欠如や反社会的な性格は顕著である。

八  以上のような事情等に照らすと、被告人の刑事責任が余りにも重大であることは明らかである。

九  しかしながら、被告人は、捜査段階においては、滋賀事件についてKに対し刺せと言ったのは痛め付けろという趣旨であるなどと不自然、不合理な弁解をしているほかは、おおむね事実を認め、反省の情を示していること、被告人にはその帰りを待つ妻子がおり、その家族の心情等には同情を禁じ得ないものがあることなど、被告人に有利な、又は被告人のために酌むべき事情も認められる。

一〇  そこで、右にあげた事情をはじめ、本件において認められる被告人に有利な、又は被告人のために酌むべき一切の事情を最大限考慮してみても、前記のような本件各犯行の罪質、動機、態様ことに本件強盗殺人等の各犯行における殺害の手段、方法の残忍性、凶悪性、本件強盗殺人等の各犯行において被告人が果たした役割、本件強盗殺人等の各犯行の結果の重大性、ことに殺害された被害者の数、遺族や被害者の処罰感情、社会的影響などに照らせば、死刑は人間存在の根源である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむを得ない場合における究極の刑罰であって、その適用には特に慎重を期すべきではあるけれども、やはり被告人の刑事責任は余りにも重大であって、死刑をもって臨むほかはないと思料される。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 阿部文洋 裁判官 伊名波宏仁 裁判官 村川浩史)

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